手打ちそば屋は眠れない

北向観音のご開帳へ

あれ、こんなに遠かったかな。

駅から歩いて、ゆるい坂を登っているうちに、
つい、そう思ってしまった。
別に、観音様が遠くに移動したわけではない。
私の脚が、それだけポンコツになっただけの話だ。

上田から、久しぶりの上田電鉄別所線に乗って、
終点の別所温泉駅へ。
旅館の旗や看板を持って、出迎えの姿があるのは、
いかにも温泉地らしい光景だ。
この地にある、北向観音が、
六十数年ぶりというご開帳をしているというので、
どんな様子かと、何十年かぶりに足を運んだ。

 

 

北向観音への参道を見ると、
昔のままの風景だ。
両側に、土産物屋と食堂。
お参りの前に、
ちょっと、口の中を清めておこうと思ったのだが、
残念ながら、開いている店はない。
仕方がないので、
そのまま階段を登っていく。

 

もう夕方近くなので、
参拝の人もまばら。
係の人の言うことには、
先ほどまで、バスの団体が来たので、
境内は賑わっていたという。
日曜日には、
一時間以上待つような行列ができたそうだ。
だから、今は、ゆっくりと、
拝むことができますよ、と。

 

何回も来ているのに、
本堂に上がるのは初めて。
正面に座すのは、
ほぼ等身大の、千手観音像。
座ったお姿は珍しい。
横にいるお坊さんが、
ぜひこのお顔を心に刻んでお帰りください、
と言われるのだが、
御簾(みす)というのだろう、
すだれが掛かっていて、よく見えない。
少し斜めから見ると、なるほど、
と言う程度にお顔がみえる。
横に置かれた前立ち本尊は、
金ピカに輝いている上に、
とても小さいので、やはり、よく見えないのだ。
でもともかく、観音様は、現世の苦しみを救うと言う。
「南無観世音菩薩」と、世界の平和と、
争いのない地球を、深く願ってきた。

参拝を終えたので、せっかくだから、
別所の温泉へ。
よく行っていた石湯は定休日とのことで、
観音様の裏から降りて、共同浴場の大湯へ行く。
中には、年配の方が四、五人。
ほのかに硫黄の香りのする、掛け流しの湯だ。
それほど熱くないので、つい長湯。
扉の向こうに、小さな露天風呂も作られていて、
こちらも気持ちがいい。

 

さて、風呂も上がり、
もう一つの精進落としをしなくてはいけないな、
と思いつつも、そんな場所もなく、駅に着いてしまった。
別所線といえば、丸窓電車で有名だった。
昭和の初めに造られて、昭和の終わり頃まで、
ここを走っていたのだ。
その電車が、駅に保存されている。
車体は鋼鉄製だが、窓枠などは木製のようだ。
手入れをするのも、大変なことだろうと思う。
この丸窓から、まだ、家の少なかった、
塩田平の風景を眺めていた私がいたのは、
いつのことか。
ああいやだね、年寄りは。

 

上田駅に着いたら、駅のコンコースに焼き鳥屋がある。
私は酒は苦手なのだが、
お参りの後には、精進落としをしなければならない。
仕方なく、そのカウンターで、ビールのジョッキを傾ける。
メニューを見たら、サワーとか、ハイボールばかり。
お兄ちゃんに、日本酒はと尋ねたら、
なんと、冷蔵庫にゴロゴロとしているではないか。
そこで上田の酒「亀齢(きれい)」のひとごこち純吟なんぞを。
すっと、喉に落ちていく、後味の残らない飲みやすさ。
酒が苦手な私にも、いい酒であることがわかる。

と言うことで、精進も落とし、
上田の駅前に降り立ったのだが、
なにやら、どっと疲れが。
来る時は、一時間かかって、しなの鉄道で来たのだが、
帰りは新幹線で。
長野まで、十分もかからないのだからね。
この頃の、歩き不足が身に染みた午後。