あれ、雪に変わってしまった。
これはどうしよう。
スペイン、
カミーノ・デ・サンティアゴの巡礼の道を、
アストルガという街から歩き始めて二日目。
その日は、標高1500メートルの峠を越えて、
17キロ先の町まで行く予定だった。
でも、宿泊したアルベルゲ(巡礼宿)を出て、
1時間もしないうちに、
降り続いた雨に、雪が混ざるようになった。
道は農道のような平らな道から、
坂の急な山道となっている。
しかも、真ん中を、降ったばかりの雨が、
勢いよく流れているので、
靴を濡らさないようにしなくては。
林の中を少し進めば、
片屋根のついたベンチがあり、
ここで雨具のまま一休み。
他に歩いている人もいない。
とにかく、前に向かって、
歩くより他はないのだ。
さらに、進んでゆけば、
湿った雪が、容赦なく積もってくる。
森を抜け、舗装道路に出た頃には、
もう15センチ以上となっている。
しかも、強い風だ。
やっと、いくつかの建物の見える集落に入っていった。
バルやレストランの看板があるが、
まだシーズンオフのこの時期は、
何処も開いていないのだ。
どうしようか。
この雪と風の中を、
あと10キロ以上の山道を、
越えることができるだろうか。
しかも、私の携帯電話が使えなくなったので、
何かあった時にも、
連絡もできないし、
自分たちの位置も知ることができない。
その時、一台の白い乗用車が、
集落の上から下ってきた。
立ち止まっていた私たちの前を通り過ぎると、
少し下で、雪の中をブオンブオンと唸らせながらUターンしてきた。
そうしてね、
運転していたおじさんが、
手真似で、ついてこいと言うんだ。
嬉しかったね、この時は。
車を停めたおじさんの後について、
吹き溜まった雪を踏み締めていくと、
たどり着いたのは、一軒のアルベルゲ(巡礼宿)なのだ。
時刻はまだ、12時前。
立ち往生していた私たちのために、
早めに開けてくれたのだね。
道から少し離れているし、
降ったばかりの雪に、
足跡もなかったから、
案内をされなかったら分からなかっただろうなあ。
とにかく、風の強い吹雪の中から、
暖かい建物の中に入っただけで、
ほっとした。
おじさん、大きな薪を持ってきて、
ストーブの中に入れてくれる。
寝室は大部屋で、
30人ぐらいは泊まれる二段ベットがあるが、
所々に仕切りがあって、
明るく、清潔なところだ。
前日の、薄暗い、湿った感じの宿とは、
全く違っていた。
持参の寝袋を広げて、
自分のベッドを確保する。
落ち着いたら、
ビールで乾杯。
今日はたった6キロしか歩かなかったが、
とにかく無事でよかった。
そうこうしているうちに、
同じように、雪に痛めつけらた巡礼者たちが、
次々とやってくる。
他の施設がまだ休業中なので、
電話で確かめてからくる人が多い。
湿った雪で、靴を濡らしてしまった人いて、
用意されていた新聞紙を使って、
乾かしていたりした。
あっ、なんだ、日本と同じなのだ。
夕食は、おじさんの作ってくれた、
牛肉のステーキで、泊まった12人が一緒に食べた。
付け合わせの、ポテトの量の多いこと。
私は食べきれなかったけれど、
他の人たちは、みんなペロ。
ドイツ人なのに、アルゼンチンで、
医者の勉強をしている女性。
アメリカはフロリダからきて、
スペイン語は苦手と言いながら、
すごい勢いで話す、
これも一人旅の女性。
そして私と同年代の、
スペイン人で、俳句を作ると言うジョン。
この夜は、他の人のいびきも、
気にならずに寝られたような気がする。
次の朝も、まだ雪が降っている。
携帯電話が使えないという私たちを心配して、
ジョンが一緒に歩いてくれるという。
彼は、学校の先生をしていて、
外国人にスペイン語を教えた経験があり、
しどろもどろの私の言葉にも、
辛抱強く耳を傾けてくれた。
安全を考えて、
山の中を歩く、
本来の巡礼路ではなく、
自動車の道路を歩くことにした。
もちろん、この雪で、通る車はないが。
道路なので、登りはキツくないが、
雪の上を歩くのは、
思ったより、応えるものだ。
それが、後ろから、ものすごい勢いで、
追いついてきた人がいた。
「やあ、いい天気だね」
そんな冗談を、明るく言う。
とても背の高い、
体格の良いご夫婦。
聞いてみれば、スウェーデンから来たのだと。
なるほど、彼らには、この程度の雪は、
チョチョンのチョイなのかもしれない。
あっという間に、吹雪の中に消えてしまった。
標高1500メートルには、
鉄の十字架と呼ばれるモニュメントが建っている。
ここに、自分の暮らす場所の石を、
願い事を書いて置くといいという。
そんな、想いのこもる場所なのだね。
だけれども、そこは、風の通り道。
立ち止まることなく、通り過ぎることに。
そこからは下りになるのだが、
それでも長い道だった。
ゴウゴウと音を立てた除雪車が通ると、
路面は平らになり、
歩きやすくなる。
でも、滑りやすくなるのも事実。
この雪の中で、牛が放牧されていてビックリ。
少し下るだけで、雪の量が減っていく。
何回か歩いたことのあるジョンがいうことには、
この辺りの、山の景色は素晴らしいそうだ。
やっと、山あいの集落に着いた時には、
雪は止みかけていた。
宿を予約しているというジョンと別れ、
唯一営業している、レストランの上の、
こじんまりとした巡礼宿に入る。
この巡礼宿も、
瞬く間に、雪の道に疲れた巡礼者でいっぱいになるのだが。
などと、日々、
緊張と驚きと、発見と後悔の連続。
スペイン、サンティアゴ・デ・コンポステェラの
巡礼の旅は、座席にしがみついて、
キャーキャー言っているだけの、
ジェットコースターに乗っているつもりでは、
あっという間に放り出されてしまう旅なのだ。
出会った人たちの、
思いもかけない善意に支えられていることもある。
特に、ずっと話し相手になってくれたジョンには感謝。
雪の中を救ったくれた、アルベルゲのおじさん。
一人で料理を作っているので、
手伝おうと入った厨房の整然さ。
雪の軒先で一休みさせてくれた小屋の、
子犬と、鳴き声しか聞こえなかった猫。
そんな語り尽くせない経験で、
とても贅沢な時間を過ごした旅だった、、かな。