2016年11月

長野は急に冬になった。

長野は、急に冬に入ってしまった。

それほどの寒さではないのだろうが、
今まで、暖かい日が続いていたので、
そんな気がするのだ。
昨日の朝、起きてみると、
雪が積もっている。
天気予報では降ると言っていたが、
まさか、本当に降るとは思わなかった、、、

、、て、人の話を信じない私の性格。

これでは、せっかくの定休日なのに、
畑の大根もネギも、掘りに行けないのだ。

今朝も、氷点下の気温の中を、
自転車をこいで店まで来た。
古い手袋をしてきたので、
指先が痛むほどだ。

ついさっきまで、
暑い暑いと言っていたのに、
いつの間にかこんな季節になってしまった。
時間の流れが早いのは、
年を取ってきた証拠だろうなあ。

でも、
この寒さも悪いことばかりではない。

畑のネギは、
寒さに当たると、ぐっと甘みを増してくる。
薬味に使う辛味大根も、
辛さに甘みが加わり、
いわゆる「辛もっこり」とした味になる。
漬物にする野沢菜は、
何度か霜に当たると「のり」が出ると言われている。

植物は、それなりに、寒さに対応しているのだね。

すでに刈り取られて、保存されているソバの実も、
「新そば」などと呼ばれて、
チヤホヤされている時期をすぎると、
じつにしっとりとした甘みを感じさせるようになる。

これからの寒い季節が、
本当にそばの美味しい季節。

やはり、冷たいせいろでいただくのが一番。
と言っていたら、
お客様から反論が。
「温かいそばだって、甘く感じられるよ。」
とのこと。

とにかく、冬が、
そばの美味しい季節。
この違い、分かるかなあ。

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そばは煮るつもりで茹でる!と言われても。

日本語というのは難しいもので、
同じような動作なのに、
その時の状況で、言い方が変わることがある。

同じように鍋、または釜で調理するのに、
「茹(ゆ)でる」「煮る」「炊(た)く」「炊(かし)ぐ」などの言葉がある。
例えば
ゆで卵は「茹で」て作り、それを味をつけて「煮る」と煮玉子になる。

茹でるのは、
そば、うどん、ラーメン、カニ、落花生、枝豆、タコなどで、
沸騰した湯に入れて、
そのまま取り出してくるもののようだ。

煮るといえば、味付けした汁を使って、
味を染み込ませる料理のイメージがある。
おでんを煮たり、牛肉を甘辛く煮たり、豆をコトコトと煮たりする。

炊くといえば米のことだろう。
西日本では、大根や豆なども炊くというそうだが。

なんで、そんな言葉が気になったかといえば、
ある老舗のご主人の言葉に、
「そばは、煮るつもりて茹でるといい。」
というのがあったからだ。

なるほどねえ。
煮るように茹でる、、、、、。
未熟な私には、
よく分かりません。

そばの釜は、
底が丸くなっていて、
真ん中ではなく、
少し手前にずれて火を当てるようになっている。
だから、釜の中で、
湯が手前から向こうへと回るようになっている。

その中にそばを入れて茹でるので、
そばが湯の中をグルっと回って、
全体が同じように茹で上がるのだね。

家庭用の鍋のように、
底の平らなものでは、
湯が回らないので、
少しずつしか茹でられないのだ。

茹でるときは、もちろん、強火。
ファンで風を送る、強力なバーナーが、
すぐに湯を沸き立たせてくれる。
ところが、そばを入れた湯を、
沸き立ったままにしておくと、
そばが上に浮きあがったままで、
湯の中を回らなくなってしまう。

そこで、少し火をゆるめ、
そばが湯の中を泳ぐようにしてやる。
そして、頃合いを見計らって、
すくい上げて水で冷やすのだ。

そばを茹でる時間は、
タイマーで決まっているのかと言われれば、
そうとも言えない。
何しろ、
未だにそば打ちが下手くそな私は、
そばが、微妙に太かったり、細かったりするのだ。
だから、そばを湯に入れるとき、
その太さ加減で、茹で時間を調整しなければいけない。

そればかりではない。
一人前を茹でるのと、
五人前を茹でるのとでは、
茹で時間が違うのだ。
さらに、
茹でているうちに、釜の湯が濃くなってしまうので、
茹だりにくくなってしまう。

ということで、
茹で時間は、いつも、適当な、
いや、繊細な調整が必要となってくる。
それに火加減もね。

ただ、
沸騰した湯に、
そばを放り込めばいいというものでは、
決してないのだ。
だから、
野菜や魚を煮るように、
大切に「煮る」という感覚も必要なのかな。

と、
老舗のご主人の言葉を、
私は解釈しているのだが、、、。
さて。

 

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