そばを茹でる時に使うのは、
昔ながらの羽釜(はがま)だ。
米を炊く時に使う釜を大きくしたようなもの。
と言っても、
釜もかまども見たことのない人が多いのだろうな。
へっついの上に載せるもの、
と言ったって分かるまい。
へっつい、つまり、カマド自体を見かけないものね。
あるお弁当チェーンのシンボルマークに、
そんな形があったっけ。
私の子供の頃には、
もう普通に、
電気釜やガス釜があったから、
実際に、知っている人は少ないことだろう。
とは言っても、
まだ、カマドの残っている家もあり、
また、様々な仕事をしているうちに、
私も何度か火を起こしたことがある。
カマドの火を起こすには、
ちょっとしたコツが必要。
釜の底は丸くなっているのだが、
下からただ火を燃やして炊けばいいものではない。
カマドが温まったら、
焚き口のすぐ外で、薪を燃やすようにする。
そうすると、炎は、カマドの中に、
まるで吸い込まれるように燃えていく。
そして、釜には手前斜めから、
火が当たるようになる。
そうすると、釜の中の湯が、
手前から温められるから、
向こう側へぐるぐると回るようになるのだね。
お米を美味しく炊くには、
これが大切だとか。
今、店でそばを茹でる時に使っているカマドも、
同じ原理。
薪やコークスで釜を炊いていた時代は、
火加減が難しかったが、
今は、ガスで、微妙な調整ができる。
しかも、空気を強制的に送って、
火力を強めた、特別なバーナーだ。
この火を丸い底の手前に当てる。
そうすると、湯はこちらから奥へと、
ぐるぐると回り始める。
そこへそばを放り込めば、
縦にでんぐり返しをして、そばが回っていくことになる。
こうして、均一にそばが茹で上がるのだね。
家庭で使うような平鍋で、
下から全体に火を当てても湯は回らない。
こういう鍋で茹でる時には、
箸や揚げざるで、そばを回してやるようにしなければ。
この時、火が強すぎると、
そばがそばが浮いてしまって、
湯の中を回らなくなる。
だから、火加減の調整が必要なのだね。
少し前までは、多くのラーメン屋でも、
この羽釜がつかわれていた。
茹で上がった麺を、平たい網で救って、
どんぶりに分けるところなんぞは、
いかにも職人的な技だった。
ところが、今は、てぼと呼ばれる、
細長いカゴに入れて茹でるところばかりとなった。
てぼを掛けやすいように、羽釜ではなく、
寸胴型の鍋なんぞを、
それも、場所を取らないように、
四角い鍋を使ったりしているね。
あらかじめ茹でてある麺を、
温めるだけの立ち食い蕎麦屋でも、
このてぼは大活躍。
しかし、手打ちの生そばは、
このてぼを使って茹でるわけにはいかない。
湯量のある大きな鍋で、
強火で、短時間で茹で上げるのだ。
だから、昔ながらの羽釜が、
今でも使われているのだね。
業務用のそば釜には、
羽釜の外側を覆うように、
水のタンクがあり、
バーナーの火の予熱で温められる。
昔の釜は、近づくだけで、
熱を感じたものだが、
今は、エネルギー効率も上がり、
釜自体が熱く感じられることはない。
ところがねえ、
聞く所によると、
そば屋の看板を上げながら、
釜のない店も、近頃はあるのだとか。
時代の変化に、
ついて行くのは大変だね。