かんだた瓦版

店の掃除に三ヶ月かかったこと

 「ええっ、これは古くて使えないなあ!」
 店を探していた時に、はじめて、今の店を見た時に、思わず出た言葉でした。

 入口は、塀が崩れて散らかり、中は真っ暗。中に入ると蔵独特の湿った空気と、すえた油の匂い。懐中電灯で照らしてみれば、どこもホコリだらけで、剥がれかかった壁紙に、調理場には、古い冷蔵庫がさびて、今にも倒れそうに傾いています。

 二階の床は抜けていて、階段のマットはめくり上がっています。

 これでは、きれいにするだけで、かなりの手間がかかりそうです。おまけに、一階と二階に分かれた客席は、そば屋のような商売には不向きです。でも、懐中電灯で照らして見た、屋根組の太い梁と階段のしっかりとした木組みが気になりました。

 そのころ、それまで郊外で営業をしていた居酒屋から、「そば」に専念したくて、空き店舗を探していました。いろいろな不動屋さんを回り、いくつかの物件を見せてもらいました。でも、なかなか、ピンとくるところがありません。

 私の探していたのは、ほんの十坪少々の小さな店。

 通りがかりに入る店ではなく、そば好きな方にわざわざ足を運んでいただける店にしたい、と思っていました。だから、表通りではなく、少し入った裏通りのほうが、向いていそうです。

 あるとき、一つの不動産屋の物件を見に行きました。そこは場所はいいのですが、広さが少し足りません。そしてそのついでに、「こんなところもあるよ。」と見せてもらったのが今の店です。

 でも、この場所は、あまりに目立たな過ぎます。だいいち、改修にお金がかかりすぎます。そこで、別の場所を探すことしました。ところが、どうも、この店のことが、頭から離れないのです。

 他の店を見ても、どうやったらあの蔵を生かせるか、無意識に考えている自分に気づきました。どうやら、この店に「惚れて」しまったようです。そこで、もう一度この店を詳しく見せてもらい、大工さんや設備屋さんにも見積もりをしてもらいました。そうして使いにくいことを覚悟しながらも、ここで店を始めることを決めたのです。

 不動産屋さんによれば、以前は、魚料理をやっていた店で、十年近く空いていたとのことです。

 節約のために、出来るだけ自分たちで、きれいにしなければなりません。

 調理場の床に固まった油をはがし、壁を塗り直し、客席のホコリを、何度も何度も拭いてきれいにしました。水道を開けば、床下のどこかで水漏り。新たに管をひいてもらいます。ガスの栓を開いてもらえば、やはり、どこかでシューという音がする、危ない危ない。下水は詰まっているし、電気のコードは露出してショートする恐れがあるとのこと。

 

 

 

 予想外のことに驚かせられながら、少しづつ、店らしい体裁を調えていきました。

 大工さんによれば、新しい店をつくる方が、はるかに楽なのだそうです。

 現場合わせの仕事の方が手間がかかるとのこと。そうは言いながら、二階の床を張り、階段を直し、壁紙を整えたりと、多くの職人さんが仕事をしてくれました。

 建具屋さんは、入口の扉を注文通り作ってくれ、設備屋さんがそば釜を据え付けて行きます。照明屋さんも、レトロな雰囲気でまとめてくれました。

 こうして、あの汚かった蔵が、なんとかそば屋として、営業できるようになったのです。

 大家さんの話では、昔は入口の建物に銀行が入っていてこの蔵はその物置だったそうです。

 でも、こういう古い建物も、手をかければ、まだまだ生かせるのだなあ、と思いました。

 この場所で営業をはじめて五年になります。初めの頃はには、「こんな場所で」と思いましたが、今では、この場所に店を構えて、良かったと思っています。分かりにくい場所で、お客様にはご迷惑をおかけしておりますが。

かんだた店主 中村和三